浜田雅功の高校の偏差値が判明!?高校時代のエピソードとなぜ選択したか暴露!?

浜田雅功さんの高校の偏差値が噂されていますので調べてみました。

また、高校時代のエピソードやなぜその高校を選択したのか見ていきましょう。

 

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高校の偏差値が判明!?

浜田雅功さんが通っていた高校は日生学園高校だと判明しました。

この高校は三重県津市にありますが、偏差値は40以下ということで不良少年が通う高校だったわけです。

そんな日生学園高校の教育理念は「全力」でした。

一見すると聞こえがいいように思えますが、実際にはスパルタ教育だったのです。

実は日生学園高校は全寮制であることから平日は4時に起床しなければいけません

そして毎日自室を掃除し、生徒全員が集まって体育館を雑巾がけしていましたが、掃除する時には大声で叫びながら気合が入っていないと怒られていたみたいです。

大声を出すのは掃除だけではなく、返事や校歌を歌う時も全力で大声を出さなければいけませんでした。

まさしく「全力」にふさわしい行動ですが、今の高校ではありえない光景ですよね。

浜田雅功さんの他にも今田耕司さんがこの高校に通っていましたが、今田耕司さんは「あの高校は刑務所」とコメントしていました。

それぐらい厳しい高校だったみたいですが、普通にいじめや体罰もありました。

具体的には上級生が下級生の面倒を見るのが風習だったわけですが、下級生に不備があった場合には上級生がペナルティを受けることになっていたようです。

勉強の試験が近くなると上級生が下級生に教えることになりますが、ずいぶんと親身になって教えていたみたいです。

しかし下級生の成績が悪かったら上級生たちが学校からペナルティを課されるために自分たちの身のために一生懸命になって教えていたわけですね。

本当に怖いぐらいに厳しい教育環境ですよね。

ちなみに現在は高校名が青山高等学校に変わりました。

そして教育理念も「あの大学へ、そしてこんな未来へ、生活を変えて、心身を変えて、僕たち、私たちは生まれ変わる」に変わりました。

現在も偏差値は40ぐらいですが、それでも大学進学にも力を入れているようですから、当時の教育方針とはずいぶんと変わったのではないでしょうか。

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高校時代のエピソードとなぜ選択したか暴露!?

浜田雅功さんが通っていた日生学園高校のエピソードを紹介します。

浜田雅功さんは高校3年生の時に副学寮長というポジションまで上り詰めていたのです。

一言でいうとリーダーに近い存在ですから他の生徒たちから恐れられていたほどです。

実際に寮生活では上下関係が厳しかったようで、寮から脱走する生徒も多かったようです。

また、他の生徒が何かやらかしたら浜田雅功さんが連帯責任を問われてコンクリートの床に12時間も正座させられたこともありました。

そんな浜田雅功さんも副学寮長になる前は一度だけ脱走を試みたことがあるんだとか。

その際には相方の松本人志さんに迎えに来てもらい、うどんをおごってもらったことがありました。

その時の浜田雅功さんはよほど空腹だったようでペロッと平らげたみたいです。

このエピソードから見て分かるように相当辛い高校時代を過ごしていたことがうかがえますよね。

では浜田雅功さんはなぜこのような環境の高校を選択したのでしょうか。

それは当時の素行が悪かったからというのが理由ですが、正確には浜田雅功さんが「人の家のドアをノコギリで切ったから」と告白しました。

ちなみに中学時代には同級生だった松本人志さんと悪行をしたこともありました。

このように当時の浜田雅功さんは素行が悪かったために父親が担任の先生と相談して日生学園高校に入学させたというのが事実のようです。

上記で今田耕司さんが刑務所だとコメントしましたが、刑務所に近いような教育環境で更正させようとしていたわけなのですね。

もし浜田雅功さんが普通の高校に通っていたらとんでもない悪行を繰り返していたかもしれません。

それを危険だと感じた浜田雅功さんの父親が日生学園高校が良いと判断したのでしょう。

でも現在の浜田雅功さんがいるのは、高校で厳しい生活を送ってきたことで人間としてとても成長できたからで間違いないでしょう。

しかも芸能界の大御所にまで上り詰めたわけですから高校時代のリーダー的なポジションを経験されたことも生きているのでしょうね。

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